注目の投稿

パラマハンサ・ヴィシュワナンダ 来日イベントのお知らせ

ダルシャン&サットサング2018@東京 特設サイト (詳細・お申込み ) ダルシャンという言葉は、サンスクリット語の「ダルシュ」から来ており、「見ること」神を「垣間見る」ことを意味します。神実現を果たしたマスターから、個人的に祝福を受けることは...

2016年8月25日木曜日

バガヴァッド・ギーター・コース:第6日目



「あなたが夜眠りにつく時、もしたった1分あるなら、目を閉じて『ありがとうございます』と神に言ってください。『神よ、私に与えてくださった一日に感謝いたします。私に与えてくださった全ての体験に感謝いたします。あなたはいつも私と一緒にいてくださいます。私はこの1日を、あなたの蓮華の御足にゆだねます。」とても簡単です。深い信頼を持って目を閉じ、神の御足をイメージし、彼の御足に全てのものを置きます。- パラマハンサ・ヴィシュワナンダ、2016年8月21日

バガヴァッド・ギーター・コース6日目は、特に重要な日でした。この日、パラマハンサ・ヴィシュワナンダは、第12章「バクティ・ヨーガ」- 献身の道 を扱かったからです。第12章に加えて、第13章と第14章にも解説をしました。


第12章

アルジュナは、クリシュナの宇宙の姿を見て、深遠な教えを聞いた後、彼は、献身の道または知識の道、どちらが最良の道か知りたがります。アルジュナは、非人格的な神として神に近づくのがいいのか、または個人的な神として近づくのがいいのかと尋ねます。クリシュナはバクティ・ヨーガの章で、真の帰依者が備えている様々な質について、いかにこれの性質が、人を彼にとっての愛しい存在とするかを説明します。


「私の帰依者たちは、彼らを呼んだのが私であることを知っています。なぜなら、数々の人生を通して私に集中し、それぞれの人生で、彼らはいつも、一人で私に到達する進歩をしています。何も彼らを揺り動かすことはできません。」愛にゆだねられたものについて、バガヴァーン・クリシュナは言います。「彼らは私に属します。彼らは私に親愛の念を抱きます。彼らがいるどこにでも、私は行き、彼らを手に入れます。彼らはずっと私のものでした。彼らは私のものであり、いつも私のものであるでしょう。たとえ彼らが日常の仕事の劇に捕まったとしても、たとえ彼らが外側のありふれた活動という劇の中に捕らわれても、私は彼らのハートの中の愛を呼び覚ますでしょう。私は、彼らがどこから来たのかを思い出させ、彼らのゴールを思い出させるでしょう。このことがマインドにある帰依者たちは、自動的に私の所に来ます。」

そのサトヴィック・バーヴ(純粋な“神聖な感情”または“愛の恍惚”)、霊的な生活に対する願望は、ただ単にこのように起こるものではありません。偶然の一致ではありません。なぜなら、あなたは彼に属し、あなたは彼に親愛の念を抱くからです。これがあなたの中の目覚めの理由です。」
- パラマハンサ・ヴィシュワナンダ、2016年8月21日

d:

パラマハンサ・ヴィシュワナンダは、神の大切な帰依者になる方法を示すことで、とても実践的に、バクティ・ヨーガのさらに深い解説を続けました。

あなたの日常の全ての表現を祈りにしなさい。座って瞑想している時だけではなく、座って祈っている時だけではなく、全ての日々の義務も祈りとしなさい。たとえ座っている時、話している時でさえ、それを祈りにしなさい。冗談を言っている時でさえ、祈りにしなさい。踊っている時も、それを祈りとしなさい。食べている時も、それを祈りとしなさい。
働いている時も。そしてその他の時にも。感覚でもってすることは全て、マインドでもってすることは全て、神の祭壇に捧げる祈りに変容させなさい。

そして・・・ではどのようにそれを行いますか?いつも24時間絶え間なく神のことを思い出していられるだろうとは言いません。あなたはそのことを認識しないでしょう。しかし、たまには彼のことを思い、唱えなさい。たとえ一度「シュリ・クリシュナーヤ・ナマハ」と言うだけでも、たとえ一度「オーム・ナモー・ナーラーヤナーヤ」を言うだけでも、それで十分です。- パラマハンサ・ヴィシュワナンダ、2016年8月21日


第13章、"クシェートラジュニャ・ヴィバーガ・ヨーガ(“クシェートラ:場所”と“クシェートラジュニャ:場所を知るもの”との違い)では、クリシュナは論議を新しいテーマ(サーンキヤ哲学)で始めます。このやり取りの最も重要なことは、「プラクリティ(クシェートラ)とプルシャ(クシェートラジュニャ)の違いは何か。」ということです。アルジュナは、彼の性質と、神と彼の創造物との関係の中で、自分がどこにいるのかを理解したがります。彼はこのように尋ねます。「体は何でしょう?魂は何でしょう?」パラマハンサ・ヴィシュワナンダは解説の中で、これらの様々なテーマや、この世界で生きながらもそれに属さないでいられるようになる方法を説明します。

「ここでバガヴァーン・クリシュナは、この世界はオフィスのようなものだと言っています。あなたはここにカルマ・ヨーガ、カルマ・ブーミをしに来ています。それからあなたは家に帰らなければいけません。あなたはこの世界には所属していません。あなたはこの世界から来たのではありません。あなたは最高神の世界に属しているのです。あなたはに属しています。なので私たちはを最愛の人、最愛の神と呼ぶのです。なぜなら魂はいつも最愛の方といることを望み、恋人はいつも最愛の方といることを望むからです。あなたの魂は、神の永遠の恋人です。そして、恋人として、いつも最愛の方と一緒にいることを望むのです。」- パラマハンサ・ヴィシュワナンダ、2016年8月21日

「賢い人は、全ての背後にいるのは、主だけであると知っています。彼は何をしようと、それは正しい理由のためであり、あなたのハートの中心に座しているのは彼だけです。ですから、ハートはとてもユニークなのです。ハートはとても特別です。ハートは神自身の現れです。あなたが愛を感じるのはハートからです。あなたが彼に会うのはハートからです。あなたが彼と語らうのは、ハートにおいてです。あなたが彼と一つになるのはハートにおいてです。私が今話しているのは、肉体的な心臓のことではありません。私が話しているのは、ハート・チャクラ、体の中にある宇宙のハートについてです。」
- パラマハンサ・ヴィシュワナンダ、2016年8月21日


第14章では、クリシュナはアルジュナにサーンキヤ・ヨーガ哲学を教え続けます。そして、クリシュナ神が3つのグナ(マインド、体、意識をコントロールする原理または「傾向」):サットヴァ、ラジャス、タマスに焦点をあてるのは、この章です。クリシュナ神は、これらのグナが全てのプラクリティ、物質的な現れに行き渡っており、それと同時に、創造物の性質を形作っていると説明しています。

パラマハンサ・ヴィシュワナンダは、第14章の一番大切な節は、最後の26節だと言及しました。「一貫した愛と敬愛でもって私を愛し、私を得ようと努力する人も、3つのグナを超えていきます。そして彼もブラフマンになる準備が整っています。」このクリシュナ神からの引用句に関して、パラマハンサ・ヴィシュワナンダは次のように言いました:

「自らの帰依者たちに彼自身を与えるのは神、彼自身です。おわかりのように、帰依者たちは、いつもマスターにゆだねていると思っています。実際のところ、違います。逆です。帰依者にゆだねているのはマスターなのです。帰依者を自分たちのレベルまで引き上げるために。」
- パラマハンサ・ヴィシュワナンダ、2016年8月21日

ギーター・コース6日目では、それぞれの参加者の霊的道に対する理解が、もっともっと深まっていきました。しかし、パラマハンサ・ヴィシュワナンダが思い出させてくれたように、教えを実践していくのは、それぞれの人たちです。私たちが、マスターに全てをゆだね、神の名前を絶え間なく唱えていられますように!

ジェイ・グルデーヴ


ギーター・コースの間、多くの参加者のための偉大な資料は、新しいシュリーマド・バガヴァッド・ギーター:韻文と訳本 です。この本は、英語の訳がついたバガヴァッド・ギーターのサンスクリットの韻文を含んでいます。特定の部分についてのパラマハンサ・ヴィシュワナンダの短い引用文、マハーバーラタの家系図、サンスクリットの発音の解説も含まれます。次のサイトからこの役に立つ本についてもっと知ることができます。