2015年9月10日木曜日

シュリーマド・バーガヴァタム講習:第3日目その1

シュリーマド・バーガヴァタムの第3日目、シュリ・スワミ・ヴィシュワナンダは古代の多くの偉大なバクタ(帰依者)たちについて話してくれました。王、聖者、一般的な家庭を持っていた人々で、神に対する驚くべき献身を持っていた人々です。

後ほど個々のストーリーを詳しく紹介しますが、主題は共通しています。主はいつも存在していて、いつも個々の人々とともにいるということです。苦境の中にあっても、主を実現する道のりにおいてどのような浄化を経験しようとも、彼は私たちとともにいて、休まず私たちの面倒をみてくれています。

講習ではスワミジがたくさんの話をしてくれたため、今回は2回に分けてその内容をお伝えします。




第3日目の主題

  • 聖者といえども中には外界を放棄するのに苦労した人々もいた:
    アンアマチャリヤやラーマダースなど過去世からの多大な霊的功徳を持って生まれてきた多くの聖者たちでも、人生において大きな試練を与えられました。しかし彼らは恩寵を得て、自己実現に至りました。スワミジはこの話を私たちの霊性の道における苦労と関連づけて話してくれました。神の恩寵を得る、それがあなたが生まれてきた理由です。
  • 真実は3つ:神、グル、あなた。その他一切は幻:
    王子であった少年のドゥルヴァは苦行者となりました。ブラフマ神のひ孫にあたる彼を家族は疎外しました。家族の愛を手に入れるため、ドゥルヴァは森に住み激しい苦行を行いました。結果それ以上のものを手に入れました。主自身からの恩寵です。(詳細は後述。)
  • プランジャナ王と9つの門を持つ都:
    ナーラダ・ムニはプラーチーナバルヒ王に対し9つの門を持つ都の話を聞かせ、人生の究極の目的を教えます。(詳細は第3日目その2にて)
  • “バジャ・ゴーヴィンダム”の歌の解説:
    アーディ・シャンカラーチャーリヤの有名な歌についてのスワミジの解説。知識をかき集めてマインドに餌付けするような生き方がいかに無益か、そして魂を解放する唯一の活動は神聖なる神の御名の詠唱のみであることを話してくれました。
  • リシャバデーヴ:
    神の化身であったリシャバデーヴの人生にまつわる話を聞きました。ジャイナ教の創始者であり、統治者として早期の初期の人類の発展に大きく貢献した素晴らしい王です。彼は100人の息子に王国を託し、主の偉大さを伝える教えを広めるため世界中を旅しました。人生のヤムとニヤム(徳と不徳を定めた戒律)における非暴力を彼は広めましたが、すべてを創造した主のことを忘れるべきではありません。人はナーラーヤナへ祈りを捧げるべきです。なぜなら彼こそが究極の救いだからです。
  • 聖者バーラタ:バーラタはリシャバデーヴの100人の息子の長男でした。全員が徳の高い子供たちでしたが、年老いたリシャバデーヴが禁欲生活を開始するため王権を譲る際には、バーラタを統治者に選びました。バーラタは長きに渡り公平かつ賢明に国を治め、老いた後は彼もまた森へ隠遁しに行きました。彼は多くの苦行を経て偉大な聖者となりました。ある日、母を失った鹿の赤ん坊を見つけます。憐れみから彼は多大な配慮と愛情ともって鹿を育てます。鹿が成長しても彼はその面倒を見続け、めったに側を離れることさえしませんでした。その愛情があまりに強かった彼は死に際の最後にこの鹿のことを考えてしまいました。この最後の思いのせいで彼は次の人生で鹿に生まれ変わってしまいました!しかし彼の祈りのプンニャ(将来良い結果をもたらす良いカルマのようなもの)ゆえ、彼は過去世の記憶と犯した過ちを覚えていました。彼は改めて霊性の道へ集中し、最終的に主に至りました。
  • 地獄と許し:
    動物として転生した聖者バーラタの転落の物語をした後、スワミジは様々なレベルの地獄、どの行為がどのレベルに人を突き落とすか、そのような苦しみが存在する目的について解説してくれました。過去にもありましたが、スワミジはガルーダ・プラーナを読むよう勧めました。このテーマについて網羅しているとのことです。それぞれのレベルの簡単な説明をし、許しを乞い、罪を償うことの重要性を教えてくれました。ナーラーヤナへの確固たる献身とそれが何であれ自分の犯した罪への後悔があれば、その後悔が罪の償いの代わりとなるということでした(詳細はその2にて)
  • アチャミラ:
    人生の正しい規律に沿った生活を送っていた彼ですが、罪深い人生へと転落します。ちょっとした“間違い”で。死に際の最後の思いで、彼はナーラーヤナという名前だった彼の息子を呼んでしまったのです。神聖な主の御名の力で彼は次の人生における償いのチャンスを与えられます。そして今回は天国へと至ったのでした。



ドゥルヴァ:輝けるバクティの模範

ドゥルヴァはこの時代区分の最初の人間であるスワーヤンブヴァ・マヌの孫として王家に生まれました。主ブランマの孫にあたります。ドゥルヴァの父、ウッターナパーダ王は2人の妻がいました。スニーティとスルチです。

王はスルチ女王を贔屓にしており、彼女との間にウッタマという子がいました。スニーティがドゥルヴァの母です。

ある時、ドゥルヴァはウッタマが父の膝の上に乗っているのを見て、自分もそこに座りたいと思いました。義弟と一緒に座ろうと王座によじ登ろうとしたところ、スルチ女王は彼を止めて叱りました。彼女はドゥルヴァに対し、彼は王の贔屓にしていない女王から生まれた子供なのだから、王座にいる父の膝の上で義弟の隣に座る資格はないと言いました。


ドゥルヴァはとても傷つき、母のもとへ行きその苦しみにどう対処したら良いか尋ねました。彼女はスルチの言葉は辛辣だけれども、王や自分に助けを求めても解決できないことを告げました。彼女は苦行をしてすべての父であるナーラーヤナへ祈るようアドバイスしました。

ドゥルヴァはまだ5歳だったにもかかわらず、王宮を去り森へ苦行をしに行きました。彼は荒れ地に座りこう唱え始めました。「Om Namo Bhagavate Vasudevaya(オーム ナモー ガヴァテー ヴァースデーヴァーヤ)」


デーヴァリシ・ナーラダはこの小さな王子のことを知ると、彼のもとへ行き、彼が達成不能の愚かな道を歩んでいることを告げました。彼はまだ幼い子供です!普通だったら意識は人生の4つの段階、4つのアシュラムを経験することに向いているはずです。しかし彼は一気に最終段階-世俗を放棄し神を求める段階-まで飛んでしまいました。加えて多くのヨギが幾多の人生を困難な苦行に費やしても達成したことのない領域へと行こうとしていました!

ナーラダは彼に諦めて王国へ帰り、大きくなってからまたこの道に挑めば良いと言いました。

ドゥルヴァは敬意をもってナーラダへ言いました。自ら選択したこの道を究める覚悟があると。彼はデーヴァリシに主の恩寵を手に入れる方法を問いました。

少年の決意に心打たれたナーラダはドゥルヴァに神の御名の唱え方を教えました。ドゥルヴァはただちに実行しました。そして驚異の集中力により短期間で非常に高い瞑想状態を手に入れました。

この彼の苦行はデーヴァたちの王であるインドラさえも動揺させるほどでした。彼はドゥルヴァがデーヴァを凌駕するためにその苦行を行っているのはないかと思いました。これを見たナーラーヤナは自らドゥルヴァの動機が純粋であることをデーヴァたちに説明しました。もし彼が物質的な利益を望んでいるなら、ブランマやシヴァに祈っていたはずであると。

ついには、彼の愛の強さを目の当たりにしたバガヴァンが彼の前に現れ、祝福を与えました。そしてマハヴィシュヌは彼を自分の膝の上に乗せたのでした。ドゥルヴァは至福に浸りました。彼はこれほど強い喜びを内に持っていました。

昨日言いましたね?成長すると人は神に対して泣かなくなると。子供だけが泣きます。子供が生まれるとまず最初に泣きます。「何ということか、私はまたこの世界に戻ってきてしまった。」と。そうですね?そして子供は何もしなくてよいのです。ただ泣けば良いのです。そうすれば母がかけよってきます。父も来ます。彼らにはすぐ分かるのです。神も同様です。ここで彼が伝えたかったのは、「今やあなたは成長して、自分は多くのことを知っている自分を誇りに思っている。」「だめです。それを手放しなさい!子供のようになりなさい。」ということを言っています。

聖書でもキリストは言いました。「神の国に入るには子供のようでなくてはいけない。」彼が言いたかったことは「再び子供のようになりなさい。彼に向かって泣きなさい!叫びなさい!」あなたの誠実さを彼が聞けば、あなたの真剣な泣き声を聞けば、ヴァイクンタ、ゴーローカ、どこにいようとも彼はやってきます。しかしその叫びにはバクティがこもってないといけません。内なる切望がこもっていないと。それが彼を引き寄せます。彼がどこにいようともさらってくる力があります。とても簡単なことです。献身をこめて泣けばよいのです。愛とともに泣く必要があります。」


マハ・ヴィシュヌはコンチ(法螺貝)をドゥルヴァの頬にあてて祝福しました。主の恩寵を手に入れたドゥルヴァは王国へ戻ることにしました。彼の父は深い後悔に苦しんでいました。自らの子供を冷たくあしらっていたことを悔やんでいました。そしてドゥルヴァ捜索のため軍を派遣しました。ドゥルヴァはその時、瞑想していました。スワミジはドゥルヴァの帰郷を聖書の放蕩息子のたとえ話と関連づけていました。

王国に戻ると、ドゥルヴァは彼の父と義母のもとへいき彼らの足にひれ伏しました。ドゥルヴァにとっては彼らから受けた扱いがあったからこそ、森へ行き主の恩寵を得らことができたからです。

その後、ドゥルヴァは王となり、彼の父は森で瞑想と苦行の生活を送りました。ドゥルヴァは悪魔やヤクシャサと戦い、クベーラから特別な恵みを授かり、深い信心と献身で長きに渡り国を治めました。その間中ずっと彼はナーラーヤナの御名と深く繋がっており、何ものも彼を揺さぶることができませんでした。

ドゥルヴァの人生の終わりに、ナーラーヤナ自身が彼を迎えにきました。ドゥルヴァの母スニティは天国に至りました。ブラフマーの祝福によりドゥルヴァは北極星の座を与えました。すべての星がそこを中心に回っています。

スワミジはこの話を私たちが神意識に至るためことを喚起するものであることを話してくれました。ひとたびそれを手に入れれば、何ものもあなたを動かすことはできないのです。


---
シンプリー・メディテーション・ティーチャー・トレーニングのお知らせ
http://vishwananda-japan.blogspot.jp/2015/08/blog-post_19.html
アートマ・クリヤ・リトリートのお知らせ
http://vishwananda-japan.blogspot.jp/2015/08/blog-post_22.html
オームヒーリング開催のお知らせ
http://vishwananda-japan.blogspot.jp/2015/09/blog-post_73.html